移民
2002年のワーホリでカナダに来てから5年と4ヶ月・・・
やっと移民が取れました。
移民のことを考え出したのは2004年頃。当時移民の査定ポイントが75点(?)から67点に下がり、知り合いの紹介で移民コンサルタントに色々と話を聞いたのがきっかけであります。
2004年といえば、2人ともワーホリからビジターに切り替え、1月には日本に帰るかどうか、といった決断をしなければならず、日本での再就職活動に嫌気を感じていたkazuのなかばやけくそ的な決断で、学生ビザに切り替え1月からVCCのESLに通い始めた年であります。
実際に「移民申請」を決断したのは2005年の3月。それまでの間はのらりくらりと過ごしながらも、将来的な展望と移民するにあたっての点数稼ぎの2004年でありました。
そして2005年3月再度コンサルタントの下へ出向き、ここで初めて
「移民申請します」と言い切ってきました。
その後コンサルタントの指示のもと、日本から色々と書類や証明関係を
だらだらと集めだし、コンサルタントに提出したのが9月くらい。
しかし、コンサルタント側の都合や、書類の有効期限切れなどもあり、
最終的にCICに種類が郵送されたのが2006年6月末
その間kazuは05年5月からVCCの大学準備コースへ進み、
8月末で終了、10月末からCulinary Artsのコースへ。
翌06年9月末で無事コースが終了し、3ヶ月間の就職活動期間を経て、
12月から今の職場で働いております。
saruはその間日系のお土産屋でフルタイムの仕事が決まり、
会社がクローズする06年7月まで勤務。
その後しばらくは週2回の日本語教師をメインにし、昼間はベビーシッターや、知人からの単発の仕事をチョコチョコとこなし、07年3月から急遽という形ではありますが、TG働いております。
申請してから約1年半。先日「パスポートリクエスト」の記事を掲載しましたが、その後すぐに写真など指示されたものをそろえ、パスポートとあわせコンサルタントに手渡し、即CICのバッファローに送られ、ちょうど3週間後にパスポートが帰ってきました。パスポートの1ページには「Immigrant」と記されたステッカーが貼られており、
これを持って一度国外に出て再入国時に「おめでとう」といわれるわけであります。
バンクーバーであれば、アメリカとの国境まで行けばすぐに手続きができます。しかしながら我々は大半の人たちと同じく、今回のビザ切れに伴い一度日本に帰ることに決めました。こういう理由でもないと大きな休みは今後取れそうもないこと、日本に2年ほど帰ってないこと、日本でこっちに持ってこなければいけない荷物の整理などもあり、正味1ヶ月半ほどゆっくり(できるとは思いませんが…)してこようと思います。
カナダに来てから初めて日本で正月を迎えます。しかも今回の長期滞在先はkazuの実家が東京から引っ越してしまったため、saruの実家が行動拠点になります。
たぶんすんなり寝かしてもらえそうもないでしょうが、せっかくですので温泉三昧と3年ぶりのスキー、おいしいラーメンを堪能したいとおもっております。
やっと移民が取れました。
移民のことを考え出したのは2004年頃。当時移民の査定ポイントが75点(?)から67点に下がり、知り合いの紹介で移民コンサルタントに色々と話を聞いたのがきっかけであります。
2004年といえば、2人ともワーホリからビジターに切り替え、1月には日本に帰るかどうか、といった決断をしなければならず、日本での再就職活動に嫌気を感じていたkazuのなかばやけくそ的な決断で、学生ビザに切り替え1月からVCCのESLに通い始めた年であります。
実際に「移民申請」を決断したのは2005年の3月。それまでの間はのらりくらりと過ごしながらも、将来的な展望と移民するにあたっての点数稼ぎの2004年でありました。
そして2005年3月再度コンサルタントの下へ出向き、ここで初めて
「移民申請します」と言い切ってきました。
その後コンサルタントの指示のもと、日本から色々と書類や証明関係を
だらだらと集めだし、コンサルタントに提出したのが9月くらい。
しかし、コンサルタント側の都合や、書類の有効期限切れなどもあり、
最終的にCICに種類が郵送されたのが2006年6月末
その間kazuは05年5月からVCCの大学準備コースへ進み、
8月末で終了、10月末からCulinary Artsのコースへ。
翌06年9月末で無事コースが終了し、3ヶ月間の就職活動期間を経て、
12月から今の職場で働いております。
saruはその間日系のお土産屋でフルタイムの仕事が決まり、
会社がクローズする06年7月まで勤務。
その後しばらくは週2回の日本語教師をメインにし、昼間はベビーシッターや、知人からの単発の仕事をチョコチョコとこなし、07年3月から急遽という形ではありますが、TG働いております。
申請してから約1年半。先日「パスポートリクエスト」の記事を掲載しましたが、その後すぐに写真など指示されたものをそろえ、パスポートとあわせコンサルタントに手渡し、即CICのバッファローに送られ、ちょうど3週間後にパスポートが帰ってきました。パスポートの1ページには「Immigrant」と記されたステッカーが貼られており、
これを持って一度国外に出て再入国時に「おめでとう」といわれるわけであります。
バンクーバーであれば、アメリカとの国境まで行けばすぐに手続きができます。しかしながら我々は大半の人たちと同じく、今回のビザ切れに伴い一度日本に帰ることに決めました。こういう理由でもないと大きな休みは今後取れそうもないこと、日本に2年ほど帰ってないこと、日本でこっちに持ってこなければいけない荷物の整理などもあり、正味1ヶ月半ほどゆっくり(できるとは思いませんが…)してこようと思います。
カナダに来てから初めて日本で正月を迎えます。しかも今回の長期滞在先はkazuの実家が東京から引っ越してしまったため、saruの実家が行動拠点になります。
たぶんすんなり寝かしてもらえそうもないでしょうが、せっかくですので温泉三昧と3年ぶりのスキー、おいしいラーメンを堪能したいとおもっております。
カナダが変わる
カナダが色々な意味で変わってきています。
まず経済。急激にカナダドルが高騰し、今ではアメリカドルとほぼ同額になり、今まで米ドル・加ドルを表示していた一部商品は料金の見直しなどが行われています。また日本円との差も大きく変わり、我々が来た時は70Y/1C$だったのがいまでは105〜120円台に。
これからカナダに来ようとしている人たちには金銭的にちょっとたかくつきそうですね。
こっちで生活をしてしまうと、生活の物価(食品など)自体はまだまだ安いと思うのですが、電化製品や輸入物などは多少変わってくるでしょう。何が原因なのかは正直わかりません。原油の高騰、オリンピックの影響、はたまた純粋に好景気なのか・・・
バンクーバーに限っては、オリンピックの準備のために、若い人たちが建設業に転職しているために、サービス業などは人手不足で困っております。それでもサービス業も最低限オリンピックまでは好景気で大忙し
の状況で、建設業も含めて、外国からワークパーミットを出してでも人材を確保しないとまわらないので、という噂も出てきています。
天候がここ数年でやはりおかしくなってきています。今年の夏はほとんど夏とは言い難く、「暑い」と感じたのは2週間ほど。9月には例年よりも1ヶ月以上も早い雨期がスタート。11月に入り、冬らしく気温も下がってきましたが、先日は突発的な風雨があり、その影響で停電や自然災害が発生しつつあります。ウィスラーでもチラホラと雪が降り始めましたが今年の冬は厳冬か暖冬か・・・
バンクーバーの生活環境は今年に入り、シューティングの事件が相次いで発生しています。以前はバンクーバーのイーストサイドが危ないのですまないほうがいいなどと言われていましたが、今ではウェストサイドやキツラノ、グランビルst周辺でも事件が発生しています。
幸いというか、これまでのシューティングはすべてギャング同士に限られているという状況のようですので、一般市民に対してのものではないのですが、それでも襲撃現場がレストラン内というのも数件あるので、
「巻き添え」という可能性があるのは事実であり、今までのバンクーバー生活の中ではありえなかったことです。
噂ではベトナム・インド・中国フィリピン系のギャングが強勢を誇っているらしく、その縄張り争い、またはドラッグに関連する争いでは?、という推測がなされています。他には交通事故による事故死も多発していますし、夜間の引ったくりや、暴行も多発しつつあります。
ここは色々な人種が住んでいますので、事件にしても、事故にしてもカナダの法律・ルールというのがあっても無きに等しく、それぞれの国籍の文化というかその人のルールで事が発生してる場合もあるので、予想がつけられません。なので警察の捜査も難航しているらしく、我々からすれば「ギャング同士ならその目星のついているところを片っ端から捜索すれば?」と思うのですが、なかなか解決まで行き着いていないようです。
なので、日本人も含めたアジア人学生たちは、今後更に用心が必要になるのではないかと思います。飲み会やパーティーなどで午前様になった場合はムリせずに友人の家にとまって帰るとか、一人では帰らないようにするとか。最近までちょっとした問題になってましたが、夜中にDTからバーナービー・サーリー・コキットラムへ帰るのにタクシーで帰ろうとしてタクシーを捕まえても、タクシー側が乗車拒否をするのです。その理由が、「そういうところでのギャングによる車上あらしが頻発しているから」というのが大半だそうです。
日本では酔っ払って歩き回ってても襲われにくい国ですが、こっちは
違います。
噂では08年度のワーホリ申請数がすでに50%を越えたと聞きます。
以前はアメリカと違い、安全な国というイメージで英語の勉強の宣伝文句にしていたカナダではありますが、経済成長に伴い、犯罪の度合いも凶悪なものになってきてるのも現実ですので、これから来られようとしている皆さんも、「そういうことが起こりうる」という心構えだけは持ってきて下さい。銃がはびこっている分、日本語での対応が不十分な分
危険です。
住宅購入が困難になってきました。今では5年前の価格の3倍以上に価格が高騰しており、この上昇はさらに続くと予想されます。
それに伴い、レントの価格も上がっており、今では1ベットで$900前後(以前は$650くらいから)、場所がよければ$1000から下はなくなってきているという状況です。シェアでのレントも以前は$400前後からといのをよく見ましたが、今では平均で$500〜$600のようです。
いいことのほうの変化も多少お知らせします。
上記であげましたように、カナダ全体が今までにない高度経済成長期に
なっております。バンクーバーはこれに付け加え、2010年オリンピックに照準をあわせ、街や道路、住宅などすべてにおいて急速に清浄化・近代化を進めつつあります。交通機関も2009年にバンクーバー〜バンクーバー空港間でスカイトレインが開通予定ですし、今まで危なかったイーストサイドのガスタウン・ヘイスティングst沿いの見直しも始まっており、ある一方では「住みよい」環境に変わりつつあるようです。
近況でした。
まず経済。急激にカナダドルが高騰し、今ではアメリカドルとほぼ同額になり、今まで米ドル・加ドルを表示していた一部商品は料金の見直しなどが行われています。また日本円との差も大きく変わり、我々が来た時は70Y/1C$だったのがいまでは105〜120円台に。
これからカナダに来ようとしている人たちには金銭的にちょっとたかくつきそうですね。
こっちで生活をしてしまうと、生活の物価(食品など)自体はまだまだ安いと思うのですが、電化製品や輸入物などは多少変わってくるでしょう。何が原因なのかは正直わかりません。原油の高騰、オリンピックの影響、はたまた純粋に好景気なのか・・・
バンクーバーに限っては、オリンピックの準備のために、若い人たちが建設業に転職しているために、サービス業などは人手不足で困っております。それでもサービス業も最低限オリンピックまでは好景気で大忙し
の状況で、建設業も含めて、外国からワークパーミットを出してでも人材を確保しないとまわらないので、という噂も出てきています。
天候がここ数年でやはりおかしくなってきています。今年の夏はほとんど夏とは言い難く、「暑い」と感じたのは2週間ほど。9月には例年よりも1ヶ月以上も早い雨期がスタート。11月に入り、冬らしく気温も下がってきましたが、先日は突発的な風雨があり、その影響で停電や自然災害が発生しつつあります。ウィスラーでもチラホラと雪が降り始めましたが今年の冬は厳冬か暖冬か・・・
バンクーバーの生活環境は今年に入り、シューティングの事件が相次いで発生しています。以前はバンクーバーのイーストサイドが危ないのですまないほうがいいなどと言われていましたが、今ではウェストサイドやキツラノ、グランビルst周辺でも事件が発生しています。
幸いというか、これまでのシューティングはすべてギャング同士に限られているという状況のようですので、一般市民に対してのものではないのですが、それでも襲撃現場がレストラン内というのも数件あるので、
「巻き添え」という可能性があるのは事実であり、今までのバンクーバー生活の中ではありえなかったことです。
噂ではベトナム・インド・中国フィリピン系のギャングが強勢を誇っているらしく、その縄張り争い、またはドラッグに関連する争いでは?、という推測がなされています。他には交通事故による事故死も多発していますし、夜間の引ったくりや、暴行も多発しつつあります。
ここは色々な人種が住んでいますので、事件にしても、事故にしてもカナダの法律・ルールというのがあっても無きに等しく、それぞれの国籍の文化というかその人のルールで事が発生してる場合もあるので、予想がつけられません。なので警察の捜査も難航しているらしく、我々からすれば「ギャング同士ならその目星のついているところを片っ端から捜索すれば?」と思うのですが、なかなか解決まで行き着いていないようです。
なので、日本人も含めたアジア人学生たちは、今後更に用心が必要になるのではないかと思います。飲み会やパーティーなどで午前様になった場合はムリせずに友人の家にとまって帰るとか、一人では帰らないようにするとか。最近までちょっとした問題になってましたが、夜中にDTからバーナービー・サーリー・コキットラムへ帰るのにタクシーで帰ろうとしてタクシーを捕まえても、タクシー側が乗車拒否をするのです。その理由が、「そういうところでのギャングによる車上あらしが頻発しているから」というのが大半だそうです。
日本では酔っ払って歩き回ってても襲われにくい国ですが、こっちは
違います。
噂では08年度のワーホリ申請数がすでに50%を越えたと聞きます。
以前はアメリカと違い、安全な国というイメージで英語の勉強の宣伝文句にしていたカナダではありますが、経済成長に伴い、犯罪の度合いも凶悪なものになってきてるのも現実ですので、これから来られようとしている皆さんも、「そういうことが起こりうる」という心構えだけは持ってきて下さい。銃がはびこっている分、日本語での対応が不十分な分
危険です。
住宅購入が困難になってきました。今では5年前の価格の3倍以上に価格が高騰しており、この上昇はさらに続くと予想されます。
それに伴い、レントの価格も上がっており、今では1ベットで$900前後(以前は$650くらいから)、場所がよければ$1000から下はなくなってきているという状況です。シェアでのレントも以前は$400前後からといのをよく見ましたが、今では平均で$500〜$600のようです。
いいことのほうの変化も多少お知らせします。
上記であげましたように、カナダ全体が今までにない高度経済成長期に
なっております。バンクーバーはこれに付け加え、2010年オリンピックに照準をあわせ、街や道路、住宅などすべてにおいて急速に清浄化・近代化を進めつつあります。交通機関も2009年にバンクーバー〜バンクーバー空港間でスカイトレインが開通予定ですし、今まで危なかったイーストサイドのガスタウン・ヘイスティングst沿いの見直しも始まっており、ある一方では「住みよい」環境に変わりつつあるようです。
近況でした。

